おもしろいものをみっけた。 からかさ、一本持ち帰って父にみせると 使っていたなぁと懐かしんでいた。 紋の入った提灯もひとつあった。 これはもう、そぉ〜っと扱わないとバラバラになってしまいそう。 玄関前を昭和の初期の頃風に小道具をセット。 この立ち姿をみていると、唐傘お化けが思い浮かんできた。 水木しげるの日本妖怪大全の「傘化け」のページをみると、 江戸時代を舞台にした妖怪映画にはスターとして、かならず登場。 そう書いてある。 小学生の頃は夏休みの半分くらいを、この父の実家ですごした。 この家がこんど取り壊されると聞いて、岐阜まで行ってきたんだ。 ご先祖様のお墓参りも兼ねてね。 あの頃とまったく同じではないけれど、雰囲気はあの頃とまったく同じ。 近くを流れる小川のせせらぎ、蝉の声、キンチョーの夏の雰囲気はそのまま。 せっかくだから、残しておこうと少し家を実測。 描きながらいまさらながらに気づく、典型的な田の字の農家。 おとなになってからは急な用事でしか行くことはなかった。 だからじっくりと眺める余裕も気持ちも持てなかった。 今回はなんの用事も持たずの一泊二日。 じっくり、ゆっくり、眺めてきた。 田の字の家といえば、白州正子の「無駄のある家」というエッセイがある。 武相荘でこのエッセイを読んで、面白かってので写した。 「人間が建築に左右される」という感覚に興味をもったから、写した。 その感覚(住まい方)を建築化したのが田の字の家だという。 子供の頃、 なにをするわけでもないのにこの家に行くことをとても楽しみにしていた。 その頃の私の家は団地と呼ばれていた。 この岐阜の山の中にある家が好きだったのは、 「野山のように無駄が多い」だったからかも… あと数年で半世紀前になる頃の気持ちを、 いまごろ再確認するとはね、旅はおもしろい。
by tutetoka
| 2019-08-14 11:17
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